サッカー日本代表のユニフォームの胸元に翼を広げる、ちょっぴりミステリアスな黒い鳥。あれが八咫烏(やたがらす)です。3本の足で力強くボールを抱き、ゴールへの道筋を示すその姿は、いまや「サムライブルーの守り神」としておなじみですよね。でも本来の八咫烏は、サッカーよりはるか昔――初代・神武天皇(じんむてんのう)を熊野から大和へ導いた神の使いとして、日本神話に登場する超大物。
太陽の化身とも、賀茂氏(かもうじ)のご先祖さまとも言われるこのカラス、ただの「3本足の鳥」では片づけられません。今回は、神話・古代史・現代スポーツをまたいで愛され続ける八咫烏の正体を、たっぷりご紹介します。
正体は3本足の巨大カラス
八咫烏は、3本の足を持つ大きなカラスです。「咫(あた)」は古代の長さの単位で、親指と中指を広げた長さ=約18cm。八咫はその8倍で約144cm。鳥としては規格外の大きさですが、古代日本で「八」は「八百万(やおよろず)」のように「とにかくデカい・たくさん」を意味する聖なる数字。つまり「八咫」は厳密な144cmというより、「とんでもなく大きい」くらいの感覚で受け止めるのが正解です。
役どころは神の使い(神使/しんし)。自ら戦うわけでも、雷を落とすわけでもなく、ひたすら「道を示す」のがお仕事。神話界における最強のナビゲーターなのです。

神武東征での大活躍
八咫烏のデビュー戦は、神武東征(じんむとうせい)のクライマックス。初代・神武天皇が日向(ひゅうが/現在の宮崎)を出発し、東の大和(やまと/現在の奈良)を目指す壮大な旅の途中、ピンチが訪れます。
大阪あたりで強敵・長髄彦(ながすねひこ)に敗れ、海路で迂回して熊野(くまの)に上陸した一行。しかし熊野の山々は深く険しく、道に迷って身動きが取れない状態に。さらには毒気にやられて全軍が昏倒する大ピンチに陥ります。
そこで動いたのが、高天原(たかまがはら)の知恵袋・高木神(たかぎのかみ/高御産巣日神・たかみむすひのかみ)。神武天皇に夢でこう告げます。
「天つ神の御子よ、これより奥には荒ぶる神が多い。今、天から八咫烏を遣わすゆえ、その後に従って進め」。
空からスッと舞い降りた巨大カラスを先頭に、神武天皇の軍は険しい熊野の山中を抜け、ついに大和の地へ到達。ここで橿原(かしはら)に都を定め、日本という国がスタートします。八咫烏は、まさに「建国のターニングポイントを動かしたMVP鳥」なのです。
※『古事記』では派遣したのは高木神、『日本書紀』では天照大神(あまてらすおおみかみ)と、テキストによって差出人が違うのもおもしろいポイント。
3本足の意味って?
※学術的補足:「3本足」の明記は古事記・日本書紀原典には無く、中国「三足烏」思想の影響を受けて後世に広まったイメージです。神話では「八咫」=大きな烏という記述のみで、足の本数は語られていません。
八咫烏といえば、なんといっても「足が3本」。普通のカラスが2本なのに、なぜわざわざ3本?実はこれ、神話研究者の間でも諸説あるロマンの塊なんです。
- 天・地・人の象徴説……宇宙を構成する3つの要素を1羽に背負わせた、というスケールでかい説。
- 太陽の象徴説……太陽の中に住む霊鳥という古代アジアの世界観に由来。
- 熊野三山の象徴説……本宮・新宮・那智の三社をあらわすという、熊野ローカル色の濃い説。
そして外せないのが中国の「三足烏(さんそくう)」との関係。古代中国では「太陽の中に3本足の赤いカラスが住んでいる」と信じられ、『淮南子(えなんじ)』にも登場します。この思想が朝鮮半島の高句麗(こうくり)を経由して日本へ伝わり、もともと足の本数が決まっていなかった八咫烏と合体・上書きされて、いつしか3本足ヴァージョンが定着したと考えられています。
つまり八咫烏は、日本の「導きの神」と中国の「太陽の鳥」が合体した、東アジア神話のハイブリッドキャラというわけ。なかなかグローバルな出自なんです。
賀茂氏のご先祖、という説
もうひとつ外せないのが、賀茂氏(かもうじ)のご先祖さま説。平安京で大きな力を持った古代氏族・賀茂氏は、自分たちのルーツをこの八咫烏に求めました。
古代の氏族系図集『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』によれば、賀茂氏の祖神賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)は、神武東征の際に八咫烏に姿を変えて神武天皇を導いたとされます。
「八咫烏=賀茂建角身命」――つまりあの巨大カラスは、賀茂氏のご先祖さまの仮の姿だったというわけ。
そのため京都の下鴨神社(しもがもじんじゃ/賀茂御祖神社)は賀茂建角身命を主祭神として祀り、現在もそのご縁から、八咫烏のお守りや絵馬を求めて多くの参拝者が訪れます。サッカー日本代表の必勝祈願の名所としても有名ですよね。
サッカー日本代表のシンボルになった経緯
八咫烏がぐっと身近になったきっかけは、なんといっても日本サッカー協会(JFA)のシンボル。胸元のあの3本足カラス、神話の住人だったとは思えないほど現代的でカッコいいですよね。
採用は1931(昭和6)年。当時の大日本蹴球協会が旗章の制定を決め、翌1932年に彫刻家・日名子実三(ひなご じつぞう)のデザインを正式採用しました。「ゴール(=勝利)へ導く存在」として、神武天皇を大和へ導いた八咫烏のイメージはまさにドンピシャ。
そして採用の裏には、もうひとつのドラマが。「日本サッカーの父」と呼ばれる中村覚之助(なかむら かくのすけ)が、八咫烏ゆかりの地・熊野(和歌山県那智勝浦町)の出身だったのです。郷土の英雄と、郷土の神鳥――この縁が、日本サッカーの守り神を決定づけたとも言われています。
ピッチで戦う日本代表のユニフォームに、神武天皇を導いた古代の神鳥が舞う。2700年級のロマンを背負って戦うチームって、世界的に見てもけっこうレアです。
関連神社|八咫烏を祀る・一緒に祀られる神社
八咫烏(ヤタガラス)ゆかりの神社は全国にありますが、主祭神として祀る古社・一緒に祀られる関連神社・静岡県内の熊野信仰系神社の3カテゴリで整理しました。
主祭神として祀る神社
- 八咫烏神社(やたがらすじんじゃ)/奈良県宇陀市
『続日本紀』に705年(慶雲2年)創建と記される、八咫烏(建角身命)を祀る古社。神武東征の道案内をした地に鎮座。
公式:https://yatagarasujinja.net/ - 下鴨神社(しもがもじんじゃ/賀茂御祖神社)/京都府京都市
八咫烏の正体とされる賀茂建角身命を主祭神とする世界遺産。サッカー日本代表必勝祈願の聖地。
公式:https://www.shimogamo-jinja.or.jp/
一緒に祀られる関連神社
- 熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)/和歌山県田辺市
主祭神は家都美御子大神。八咫烏を神の使いとする熊野信仰の総本宮。社務所では八咫烏柄の御朱印や授与品も人気。
公式:http://www.hongutaisha.jp/ - 熊野那智大社/和歌山県東牟婁郡那智勝浦町
礼殿左手の御縣彦社(みあがたひこしゃ)で八咫烏が祀られています。導きの神・交通安全の神として崇敬。 - 熊野速玉大社/和歌山県新宮市
熊野三山の一社。八咫烏を神使とする熊野信仰の中核。 - 久我神社(くがじんじゃ)/京都市北区(上賀茂神社境外摂社)
賀茂建角身命を祀り、神武東征で八咫烏が導いた由緒を伝える神社。
全国の関連神社(地域別)
八咫烏ゆかりの神社を地域別にご紹介します。
関東:八咫烏神社系の遥拝社
中部:高塚熊野神社(静岡県浜松市)、用宗熊野神社(静岡県静岡市駿河区)
近畿:八咫烏神社(奈良県宇陀市・八咫烏の本宮)、熊野本宮大社(和歌山県田辺市・八咫烏を神使とする熊野信仰総本宮)、熊野速玉大社(和歌山県新宮市)、熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)
九州:英彦山神宮(福岡県・熊野信仰の伝播社)
現代でも大人気な理由
「道を示す神」というキャラクターは、現代日本人にもめちゃくちゃ刺さります。
受験生は「正解への道を導いてくれる」と合格祈願で参拝し、ドライバーは交通安全のお守りを求め、サッカーファンは勝利への導きを願ってスタジアムに八咫烏グッズを持ち込む。
近年では、阿部智里(あべ ともり)さんの大ベストセラー小説「八咫烏シリーズ」がアニメ化されるなど、エンタメ界でも八咫烏ブームが続いています。「黒くてミステリアスでカッコいい」というビジュアルの強さも、現代でウケる理由のひとつでしょう。
神話の世界からピッチへ、そして受験会場や運転席へ――。2000年以上、ずっと「人を導き続けている」鳥って、よく考えるとすごい働きっぷりです。
まとめ
八咫烏は、神武天皇を熊野から大和へ導いた3本足の巨大カラス。高木神が遣わした神の使いであり、太陽の象徴であり、賀茂氏の祖神であり、そしてサッカー日本代表の守り神でもある――いくつもの顔を持つ、神話界きっての「道案内のスペシャリスト」です。
道に迷ったとき、進むべき方向に悩んだときは、ちょっと夜空を見上げてみてください。あの黒い影が、あなたのゴールへとそっと導いてくれるかもしれません。
関連記事
- 神武天皇|日本建国の初代天皇、東征の物語
- 高御産巣日神(高木神)|天孫降臨の黒幕にして高天原の知恵袋
- 神武東征|日向から大和へ、建国までの大冒険
参考
- 八咫烏 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/八咫烏
- 熊野本宮大社「八咫烏について」 http://www.hongutaisha.jp/八咫烏/
- 八咫烏神社 公式サイト https://yatagarasujinja.net/about_history.html
- 下鴨神社(賀茂御祖神社)公式サイト https://www.shimogamo-jinja.or.jp/
- 熊野那智大社「八咫烏」 https://kumanonachitaisha.or.jp/pavilion/yatagarasu/
- みくまの「神武東征、ヤタガラスの導き」 https://www.mikumano.net/setsuwa/jinmu.html
- 賀茂建角身命 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/賀茂建角身命
- 三足烏 – コトバンク https://kotobank.jp/word/三足烏-70955
- 中村覚之助 公式サイト「JFA日本サッカー協会のシンボル八咫烏」 https://www.nakamura-kakunosuke.com/2025/04/09/sample-post5/
- 咫 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/咫
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