イザナギ・イザナミ|日本を生んで別離した最初の夫婦神

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「この国を、つくろう」――そう声をかけ合った夫婦がいた。男神(おとこがみ)の名は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、女神(おんながみ)の名は伊邪那美命(いざなみのみこと)。ふたりは天(あめ)の浮き橋に立ち、矛(ほこ)の雫(しずく)から島をつくり、海をつくり、神々を産んだ。日本という国そのものを生んだ、史上はじめての夫婦神(ふうふしん)だ。

けれど、その物語の結末は、けっして甘い恋愛譚(れんあいたん)ではない。火に焼かれて妻は死に、夫は黄泉(よみ)の国まで追いかけ、そして――別れた。生と死を、はじめてこの世に持ち込んだ二柱(ふたはしら)の壮絶な人生を、たどってみよう。

名前の意味とルーツ

「イザナギ」「イザナミ」――どこか歌うようなこの名前。じつは意味も、とても詩的(してき)だ。

「イザナ」は古語の「誘(いざな)う」、つまり「お誘いする」という意味。そこに男性をあらわす「ギ(キ)」と、女性をあらわす「ミ」がつく。直訳すれば「誘う男」と「誘う女」。互いに惹(ひ)かれ合い、声をかけ合う――そんな関係性そのものが、お名前になっている。

表記もさまざまだ。『古事記』では「伊邪那岐命・伊邪那美命」、『日本書紀』では「伊弉諾尊・伊弉冉尊」と書く。どちらも読みは同じ。神社の額(がく)で違う字を見たら、「ああ、書紀のほうだ」と気づけるとちょっと通(つう)っぽい。

ふたりは、天地(てんち)開闢(かいびゃく)の最初に生まれた神々「神世七代(かみよななよ)」の最後に登場する。造化三神(ぞうかさんしん)から始まり、独神(ひとりがみ)たちが何代も続いたあと、ようやくペアになった神があらわれる。その最終形が、この夫婦というわけだ。「日本ではじめての男女ペア」――これがイザナギ・イザナミの肩書きである。

天浮橋で国を生むイザナギ・イザナミ(小林永濯)
写真:国生み(小林永濯 c.1885年)・パブリックドメイン

誕生秘話

神世七代の最後に生まれたふたりに、天津神(あまつかみ)たちはこう命じた。

「この漂(ただよ)える国を、修(おさ)め、固(かた)め、成(な)せ」

そして授(さず)けたのが、宝の矛「天沼矛(あめのぬぼこ)」。ふたりは「天浮橋(あめのうきはし)」――天と地をつなぐ橋――の上に立ち、矛をぐるぐると下界の海にさし入れて、コオロコオロとかき混ぜた。

そっと矛を引き上げると――先端からしたたり落ちた塩(しお)の雫(しずく)が、ぽとぽとと積み重なり、ひとつの島になった。これが日本最初の国土、オノゴロ島(淤能碁呂島)である。名前の意味は「おのずから凝(こ)り固まった島」。神々が「えいや」と作ったのではなく、雫が勝手に島になった、というのが面白い。

ふたりはこの島に降り立ち、太い柱を立て、広い御殿を建てた。そして、結婚の儀式(ぎしき)をおこなう。柱のまわりを反対方向から回り、出会ったところで声をかけ合う、というもの。

ところが――最初の声かけは、女神イザナミから「ああ、なんてすてきな男性!」と発してしまった。結果、生まれたのは骨のない「ヒルコ(水蛭子)」。葦(あし)の舟に乗せて流すしかない悲しい子だった。次に生まれた淡島(あわしま)も、子の数には入れられなかった。

天神に相談すると、答えは明快。「女から声をかけたのが、よくなかった」。ふたりは儀式をやり直し、今度は男神イザナギから「ああ、なんていとしい女性!」と声をかけた。すると――生まれてきたのは、ちゃんとした立派な島々。淡路島(あわじしま)、四国、隠岐(おき)、九州、壱岐(いき)、対馬(つしま)、佐渡(さど)、そして本州。これが世にいう「大八島(おおやしま)」、日本列島の誕生である。

意外な逸話・特徴

島を生み終えたふたりは、つぎに神々を産んでいく。風の神、木の神、山の神、野の神、海の神――ありとあらゆる自然を司(つかさど)る神々を、まるで自然界の設計図を組み立てるように、つぎつぎ世に送り出した。

ところが、悲劇は突然やってくる。最後に火の神カグツチ(迦具土神)を産んだとき、イザナミは陰部を激しく焼かれてしまった。苦しみのなかでも嘔吐物(おうとぶつ)や排泄物(はいせつぶつ)からさえ神を産み続けたが、やがて力尽き、亡くなってしまう。

愛する妻の死に、イザナギの怒りは爆発(ばくはつ)した。生まれたばかりの我が子カグツチを、剣で斬り殺してしまうのだ。父親に殺された火の神――その血と亡骸(なきがら)からも、また多くの神が生まれた。神話の世界の業(ごう)の深さ、ここに極まれり、である。

それでもイザナギは諦(あきら)めきれない。妻を取り戻すべく、死者の国「黄泉(よみ)の国」へと旅立った。日本神話最大のホラー・シーンの始まりだ。

黄泉の御殿でようやく再会したイザナミは、闇のなかから言う。「もうこの国の食物(しょくもつ)を口にしてしまいました。戻れるか、黄泉神(よもつかみ)に相談してきますから――決して、私の姿を見ないでください」。

けれど、待ちきれなくなったイザナギは、髪に挿(さ)した櫛(くし)の歯を折って火をともし、奥をのぞき込んでしまう。そこにいたのは――全身にウジがたかり、頭・胸・腹・性器・手足にそれぞれ雷神(らいじん)をまとった、変わり果てた妻の姿だった。

「よくも見たな!」激怒(げきど)したイザナミは黄泉醜女(よもつしこめ)を放ち、夫を追わせる。イザナギは髪飾りを投げてブドウに変え、櫛を投げてタケノコに変え、追っ手の気をそらしながら必死で逃げる。最後は黄泉比良坂(よもつひらさか)で桃の実を三つ投げつけ、なんとか撃退(げきたい)した。桃が魔除(まよ)けになる理由は、ここに由来するといわれている。

坂の境目に大きな岩を置き、ふたりは岩を挟んで永遠の別れを告げる。

イザナミ「いとしい夫よ、こうなった以上、私はあなたの国の人を一日に千人、絞(し)め殺します」

イザナギ「いとしい妻よ、ならば私は一日に千五百の産屋(うぶや)を建てよう」

――この瞬間、世界に「死」と「誕生」の数の差が生まれた。だから人は増え続ける。日本最初の夫婦は、日本最初の離婚を、こんな壮大なスケールで成し遂(と)げたのである。

地上に戻ったイザナギは、穢(けが)れを落とすため筑紫(つくし)の日向(ひむか)で禊(みそぎ)をおこなう。そのとき――左目を洗うと天照大神(アマテラスオオミカミ)が、右目を洗うと月読命(ツクヨミノミコト)が、鼻を洗うと須佐之男命(スサノオノミコト)が生まれた。これが日本神話最強のトリオ、「三貴子(みはしらのうずのみこ)」の誕生である。

イザナギは三貴子に、それぞれ高天原(たかまがはら)・夜の世界・海原(うなばら)を治めるよう命じ、自らは淡路の地に隠居(いんきょ)したと『古事記』は伝える。日本という国を生み、神々を生み、最後の大仕事として最高神を生んで――静かに表舞台を去った神。それがイザナギだ。

祀られている神社

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)/兵庫県淡路市

イザナギ終焉(しゅうえん)の地と伝わる、淡路国一宮(あわじのくにいちのみや)。『古事記』『日本書紀』に名が記される日本最古の神社とされる。国生みを終えたイザナギが「幽宮(かくりのみや)」を構えて余生を過ごし、その宮居(みやい)の跡地に神陵(しんりょう)を築いたのが起源と伝わる。御祭神はイザナギ・イザナミの二柱(ふたはしら)。淡路島を訪れたら、まず参拝したい聖地だ。

公式:https://izanagi-jingu.jp/

多賀大社(たがたいしゃ)/滋賀県犬上郡多賀町

「お多賀さん」の愛称で親しまれる、滋賀県第一の大社。御祭神はイザナギ・イザナミの夫婦神。生命の親神様(おやがみさま)として、延命長寿・縁結び・厄除けのご利益で知られる。古くから「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢・お多賀の子でござる」とうたわれ、アマテラスの親神を祀る社として全国の崇敬(すうけい)を集めてきた。分祠社(ぶんしゃ)は全国239社。

公式:https://www.tagataisya.or.jp/

産田神社(うぶたじんじゃ)/三重県熊野市

イザナミが火の神カグツチを産んだ場所と伝わる古社。「産田」の名はそのまま「産んだ田」を意味する。御祭神は伊弉冉尊と軻遇突智神(カグツチ)。弥生時代の土器が出土するほど古い祈りの場で、神話と考古学が交わるロマンあふれる神社だ。近くには、イザナミの墓所と伝わる花の窟(はなのいわや)神社もある。

参考:熊野市観光公社 産田神社ページ

そのほかの主要社

このほかにも、神柱宮(かんばしらのみや/宮崎県都城市)江田神社(宮崎市)――禊(みそぎ)の地と伝わる――など、九州にもイザナギ夫婦ゆかりの社が点在する。全国どこの土地でも、必ずどこかにこの夫婦の足跡が残っている、というのが面白い。

一緒に祀られる関連神社(夫婦・親子で並祭)

「日本最初の夫婦神」だけあって、二柱を一緒に祀る神社は全国に広く分布。さらに子神(アマテラス・スサノオ・ツクヨミ)と一緒に祀る社も多く、家族神信仰の核となっています。

■ おのころ島神社(兵庫県南あわじ市)
イザナギ・イザナミが最初に作った島「オノコロ島」の伝承地。日本三大鳥居の一つ、高さ21.7mの大鳥居で有名。縁結び・夫婦円満・安産のご利益で全国から参拝者が訪れる聖地。

■ 花の窟神社(はなのいわや/三重県熊野市)
イザナミの墓所と伝わる古社で、日本書紀にも記載される日本最古級の神社。御神体は高さ45mの巨岩。記事内でも触れた産田神社のすぐ近くにあり、「イザナミ終焉の地」セット参拝ができる聖地ルート。

■ 江田神社(宮崎県宮崎市)
イザナギが黄泉の国から戻って禊(みそぎ)を行った地と伝わる。境内近くの「みそぎ池」は、アマテラス・スサノオ・ツクヨミが生まれた場所そのもの。三貴神誕生の聖地として知られる。

全国の関連神社(地域別)

イザナギ・イザナミ二柱を主祭神、あるいは合祀する代表的な神社を地域別にご紹介します。

■ 中部:伊豆国一宮の三嶋大社(静岡県三島市)は主祭神こそ大山祇命・事代主神ですが、神話世界の入口として参拝価値の高い古社。子神(アマテラス系・スサノオ系)の社へ静岡県内で「ご家族にあいさつ」するのも一案です。
参考:静岡県神社庁

■ 近畿伊弉諾神宮(兵庫県淡路市)――国生みを終えた伊弉諾尊が幽宮(かくりのみや)を構えたと伝わる、淡路国一宮にしてイザナギ・イザナミ二柱を主祭神とする創祀最古級の名社。
おのころ島神社(兵庫県南あわじ市)――国産み神話の「おのころ島」と伝わる丘に鎮座し、イザナギ・イザナミを主祭神として祀る。
多賀大社(滋賀県犬上郡多賀町)――「お多賀さん」と親しまれ、二柱を祀る延命長寿・縁結びの大社。

■ 中国・四国神魂神社(島根県松江市)――現存する大社造のうち最古とされる国宝本殿を持つ古社で、伊弉冊大神(イザナミ)を主祭神とします。参考:しまね観光ナビ

■ 九州・沖縄江田神社(宮崎県宮崎市)――イザナギ・イザナミ二柱を主祭神とし、近隣にイザナギが禊を行ったと伝わる「みそぎ池」を擁する、神話のふるさと宮崎を代表する古社。三貴子(アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)誕生の地としても知られます。参考:宮崎県公式観光サイト

「夫婦神に直接会いに行きたい」場合は、淡路の伊弉諾神宮・滋賀の多賀大社・宮崎の江田神社まで足を伸ばすのが王道ルートです。

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まとめ

日本という国そのものを生み、神々を生み、最後には別れた――日本最初の夫婦神、伊邪那岐命と伊邪那美命。

愛し合い、子をなし、けれど火の神を産んだことで永遠に引き裂かれた。妻を追って黄泉まで降りた夫、その妻を見てしまい逃げ帰った夫――そして「一日に千人殺す」「一日に千五百人生む」と言い交わして、人類の生と死のルールまで決めてしまった。

『古事記』のなかでも、もっともドラマチックで、もっとも切ないお話。淡路の伊弉諾神宮、滋賀の多賀大社、熊野の産田神社――どこか縁(ゆかり)の地を訪れる機会があれば、このふたりの壮大な物語を思い出してほしい。「日本のはじまり」は、ひと組の夫婦の物語から始まったのだから。

参考

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