ヤマタノオロチ伝説|頭8つ尾8つの怪物とスサノオの戦い

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頭(あたま)が8つ、尾(お)が8つ。目はホオズキ(鬼灯)のごとく真っ赤に燃え、背中には苔(こけ)と檜(ひのき)と杉(すぎ)が生(お)い茂る。腹はただれ、血が滲(にじ)み、その巨体は八つの谷、八つの峰にまたがる――。これが日本神話最強の怪物「ヤマタノオロチ(八岐大蛇)」だ。高天原(たかまがはら)を追放された荒ぶる神スサノオが、出雲の地で出会った絶望の家族と、たった一人で挑んだ伝説の死闘。神話最大の英雄譚(えいゆうたん)、その全貌を追う。

ヤマタノオロチとは何者か

ヤマタノオロチ――『古事記(こじき)』では「八俣遠呂智」、『日本書紀(にほんしょき)』では「八岐大蛇」と表記される、日本神話最大の怪物である。

その姿は常軌(じょうき)を逸している。頭が8つ、尾が8つ。眼は赤酸漿(あかかがち=ホオズキ)のごとく爛々(らんらん)と輝(かがや)き、背には苔と杉檜が生え、腹は赤くただれている。体長は「八谷八尾(やたにやお)」――谷を8つ、峰を8つまたぐほどの超ド級スケール。

正体については諸説あるが、最有力は「斐伊川(ひいかわ)擬人化説」。島根の斐伊川は何度も氾濫した暴れ川。8つに分かれた支流はオロチの頭と尾、赤くただれた腹は流域の砂鉄の赤錆色、背に生える木々は流域の山林――すべてが出雲の自然と重なる。

ヤマタノオロチを退治する素戔嗚尊(月岡芳年)
写真:月岡芳年「日本略史之内 素戔嗚尊」1887年・パブリックドメイン

事件の発端

物語の主役はスサノオノミコト(須佐之男命)。父イザナギから「海原(うなばら)を治めよ」と命じられながら、母イザナミを慕(した)って泣き暴れ、姉アマテラスの聖域すら荒らした暴れん坊。ついに高天原から追放される。

失意のスサノオが舞い降りたのは――出雲国・肥河(ひのかわ/現在の斐伊川)の上流、鳥髪(とりかみ)の地。今の島根県奥出雲(おくいずも)あたりだ。

川を見つめていると、上流から1本の箸(はし)が流れてくる。「人がいる」と察したスサノオが川をさかのぼると、そこには号泣(ごうきゅう)する老夫婦と、震える美しい娘の姿があった。

老夫婦は国津神(くにつかみ)のアシナヅチ(足名椎命)テナヅチ(手名椎命)。娘はクシナダヒメ(櫛名田比売)。スサノオが「何ゆえに泣く」と問えば、夫婦は震える声で打ち明けた。

「私たちには8人の娘がおりました。しかし毎年ヤマタノオロチが来て、一人ずつ喰(く)い殺していったのです。残るはこのクシナダヒメただ一人。今年もまた、その時が近づいております……」

スサノオの目に、炎が宿る。「その娘、我に与えよ。代わりに俺がオロチを討つ」――神話史上、最も熱い宣戦布告(せんせんふこく)の瞬間である。

退治の戦略

スサノオはただの脳筋(のうきん)ではなかった。彼の作戦は冷徹(れいてつ)かつ知略(ちりゃく)に満ちている。

まずクシナダヒメを湯津爪櫛(ゆつつまぐし)――聖なる櫛に変身させ、自分の髪に挿(さ)した。愛する者をまず安全圏に。

次に、アシナヅチ・テナヅチに命じた。

  • 八塩折之酒(やしおおりのさけ)を醸造(じょうぞう)せよ。何度も醸(かも)し直した極(きわ)めて濃い酒だ
  • 垣(かき)を作り、8つの門を設けよ
  • 各門に桟敷(さじき)を組み、その上に8つの酒桶(さかおけ)を据(す)え、酒を満たせ

準備が整った頃、地響(じひび)きとともにヤマタノオロチが姿を現す。8つの頭は、迷うことなく8つの酒桶へ突き刺さった。極上の酒を貪(むさぼ)り飲み、やがて巨大な体は地に伏(ふ)し、轟(とどろ)くいびきを上げて眠りに落ちる。

その瞬間――スサノオが動いた。腰の十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き放ち、8つの頭、8つの尾を、一閃(いっせん)、また一閃。鮮血(せんけつ)が斐伊川を赤く染め、千年の恐怖が断ち切られた。

しかし、伝説はここから神話級の奇跡(きせき)に転じる。尾の一本を斬った瞬間、剣の刃(は)が「カン!」と鳴いた。中から現れたのは――一振りの神剣。後に三種の神器(さんしゅのじんぎ)となる「草薙剣(くさなぎのつるぎ)/天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」である。

スサノオはこの剣を姉アマテラスに献上。のちにヤマトタケルが東征で振るい、現在は熱田神宮(あつたじんぐう)に祀(まつ)られている。

クシナダヒメとの結婚

怪物は討たれた。スサノオは櫛の姿に変えていたクシナダヒメを元に戻し、二人は結ばれる。新居(しんきょ)を構える土地を求めて出雲を巡(めぐ)り、辿(たど)り着いたのが「須賀(すが)」の地――現在の島根県雲南市(うんなんし)大東町。

スサノオは「吾、此地(ここ)に来て、我が御心、須賀須賀し(すがすがし)」と叫び、宮殿を建てた。これが須賀宮(すがのみや)、現在の須我神社(すがじんじゃ)。日本初の宮殿、「日本初之宮(にほんはつのみや)」と称される聖地である。

新居の周りに雲が立ち上った瞬間、スサノオは胸の高鳴りのまま一首詠(よ)んだ。

「八雲立つ(やくもたつ) 出雲八重垣(いずもやえがき) 妻籠(つまご)みに 八重垣作る その八重垣を」

――『古事記』より

「雲が幾重(いくえ)にも立ちのぼる出雲の地に、妻を籠(こ)もらせる八重垣を作るぞ。ああ、その八重垣を」――。これが日本最古の和歌(短歌)とされる、伝説の一首である。荒ぶる神が、愛する妻のために詠んだ、日本詩歌(しいか)の原点。

関連神社・伝承地

ヤマタノオロチ伝説の舞台・島根県には、今もスサノオとクシナダヒメを祀る聖地が点在している。神話を肌で感じる旅へ。

須佐神社(島根県出雲市佐田町)

全国に数多あるスサノオゆかりの神社の中で、唯一「御魂(みたま)」を祀る本宮とされる聖地。スサノオが最後に開拓し、自らの名を冠(かん)した土地で、社殿は出雲大社と同じ大社造り。境内(けいだい)には樹齢1300年の大杉がそびえ、神気(しんき)に満ちる。

公式:https://www.susa-jinja.jp/

八重垣神社(島根県松江市)

スサノオがクシナダヒメを隠した「佐久佐女(さくさめ)の森」に鎮座(ちんざ)。大杉の周囲に八重垣を巡らせて姫を匿(かくま)った場所だ。奥の院の「鏡の池」では、半紙に小銭を乗せて浮かべる縁結び占いが大人気。沈むのが早ければ早いほど縁が近い。

公式:https://yaegakijinja.or.jp/

須我神社(島根県雲南市)

「八雲立つ」和歌が詠まれた地に建つ「日本初之宮」。新婚スサノオとクシナダヒメの新居跡で、夫婦円満・子授(こさず)けのご利益で知られる。奥宮には3つの巨岩からなる「夫婦岩(めおといわ)」が鎮座する。

斐伊川(島根県)

オロチそのものとも称される暴れ川。源流の鳥髪山(船通山)から宍道湖へ流れ込む。流域には「八口神社(やぐちじんじゃ)」「天が淵(あまがふち)」「印瀬の壺神(いんぜのつぼがみ)」など、退治譚(たいじたん)にまつわる伝承地が点在する。

現代の解釈

では、ヤマタノオロチとは結局なんだったのか――。学術界では3つの有力説が議論されてきた。

1. 洪水説(自然神話説)

最も古典的な説。斐伊川の氾濫こそがオロチの正体だとする。8つに分かれた支流、蛇行する流路、赤くただれた腹=鉄分を含む水。スサノオがオロチを斬ったのは、治水(ちすい)の英雄譚を象徴化したもの――という解釈だ。

2. 製鉄部族説(たたら説)

近年もっとも有力視されている説。奥出雲は古代からたたら製鉄(せいてつ)の一大拠点(きょてん)で、『出雲国風土記(いずものくにふどき)』にも「強き鉄(つよきくろがね)」の記述がある。

オロチ=製鉄部族(製鉄集団)、尾から出た草薙剣=たたら製鉄で作られた鉄剣、赤い目と腹=炉(ろ)の炎と砂鉄、というシンボリックな読み解き。スサノオによる退治は、ヤマト政権の製鉄資源の獲得を物語化したもの、とも考えられる。

3. 出雲征服説

オロチは在地(ざいち)の豪族(ごうぞく)、スサノオは外から来た征服者(せいふくしゃ)――そう読む説。8つの頭は8人の首長(しゅちょう)、酒で酔わせて斬る作戦は、政治的な懐柔(かいじゅう)と粛清(しゅくせい)のメタファー。クシナダ=稲田(いなだ)の獲得は、農耕(のうこう)支配の象徴ともされる。

どの説が真実かは、誰にもわからない。だが――真実が一つではないからこそ、神話は1300年読み継がれるのだ。

関連神社|スサノオを祀る・一緒に祀られる神社

ヤマタノオロチを退治したスサノオは、出雲を中心に全国で祀られています。主祭神として祀る神社、ご家族(クシナダヒメ)と一緒に祀られる神社、静岡県内のゆかりの神社をご紹介します。

主祭神として祀る神社

  • 須佐神社(島根県出雲市)|スサノオが最後に開拓し、自らの御魂を祀ったとされる本宮。公式サイト
  • 八坂神社(京都府京都市)|素戔嗚尊を主祭神とし、全国の祇園社・八坂神社の総本社。祇園祭で有名。公式サイト
  • 津島神社(愛知県津島市)|建速須佐之男命を主祭神とし、全国の天王社・津島神社の総本社。公式サイト

一緒に祀られる関連神社

  • 須我神社(島根県雲南市)|オロチ退治後、スサノオとクシナダヒメが新居を構えた「日本初之宮」。御子神とともに三柱でお祀りされ、和歌発祥の地でもあります。公式サイト
  • 八重垣神社(島根県松江市)|スサノオとクシナダヒメの夫婦神を祀る縁結びの聖地。鏡の池の縁占いで有名。
  • 氷川神社(埼玉県さいたま市)|素戔嗚尊・稲田姫命・大己貴命の三柱を祀る武蔵国一宮。家族神話の系譜を体感できます。

全国の関連神社(地域別)

ヤマタノオロチ退治と須佐之男ゆかりの神社を地域別にご紹介します。

関東:氷川神社(埼玉県さいたま市・武蔵国一宮、須佐之男主祭神)

中部:津島神社(愛知県津島市・全国津島神社の総本社)、細江神社(静岡県浜松市・建速素盞嗚尊と奇稲田姫並祭)

近畿:八坂神社(京都市東山区・全国祇園社の総本社)

中国・四国:須我神社(島根県雲南市・須佐之男がオロチ退治後に建てた日本初の宮)、八重垣神社(島根県松江市・クシナダ姫と並祭、縁結び聖地)、須佐神社(島根県出雲市・須佐之男終焉の地)

まとめ

頭8つ、尾8つ、目はホオズキ。背に森を抱(いだ)き、谷を8つまたぐ巨怪――ヤマタノオロチ。それを酒で酔わせ、十拳剣で斬り伏(ふ)せ、尾から神剣を見出し、囚(とら)われの姫を救って妻とし、日本初の和歌を詠む。

これほど完璧なストーリーが他にあるだろうか。絶望→挑戦→勝利→恋愛→詩。日本神話最大の英雄譚にして、世界に誇るドラゴンスレイヤー神話。斐伊川のほとりで振るった剣の閃光は、今も島根の地で確かに語り継がれている。

次に出雲を訪れたとき、斐伊川の川面にきらめく光は――討たれたオロチの最後の鱗(うろこ)かもしれない。

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参考

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