国譲り神話|大国主神が地上を譲った理由と出雲大社の起源

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地上に広がる豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)。大国主神(おおくにぬしのかみ)が苦難の末に築いた美しい国土に、高天原(たかまがはら)の天照大御神(あまてらすおおみかみ)はこう告げました。「この国は、わが御子(みこ)が治めるべき土地である」と。そこから始まったのは、力ずくの戦ではなく気の遠くなるような外交交渉。寝返る使者、射殺される使者、剣の上にあぐらをかく軍神、諏訪(すわ)まで逃げる王子――。日本神話最大の政治劇、国譲り(くにゆずり)の顛末(てんまつ)を、一夜の舞台のように追いかけてみましょう。

背景

物語の出発点は、地上の繁栄でした。大国主神は少彦名神(すくなびこなのかみ)と力を合わせ、農耕を広め、医薬を定め、葦の地を「みずみずしい稲穂の国」へと造り上げます。これが豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)。彼は「所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)」――天の下を造った大神と称えられる存在になりました。

ところが、その地上を高天原から見下ろしていたのが太陽神・天照大御神。「あの瑞穂の国は、わが子孫が治めるべき土地だ」――そう宣言した瞬間、地上の運命は動き出します。父神・高木神(たかぎのかみ、高御産巣日神)とともに、天照大御神は天安河(あまのやすかわ)のほとりに八百万(やおよろず)の神々を集め、「誰を地上に遣わすか」を議題に会議を開きました。神々の長い交渉が、ここから始まります。

国譲り神話の舞台 稲佐の浜
写真:稲佐の浜 弁天島(島根県出雲市・撮影:Qurren/Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)

失敗した使者たち

最初に選ばれたのは、天照大御神の第二子天穂日命(あめのほひのみこと)。颯爽(さっそう)と地上に降り立った彼でしたが――なんと、大国主神に心服してしまうのです。三年経っても、何の報告も上がってこない。完全な寝返り、いや「現地化」でした。彼はそのまま出雲に留まり、出雲国造(いずもこくそう)の祖になったとも伝わります。

慌てた高天原は、二人目の使者天若日子(あめのわかひこ)を派遣。ところが彼は地上に降りるなり、大国主神の娘下照比売(したてるひめ)と結婚し、「自分こそ地上の王に」と野心を燃やして八年音沙汰なし。

業を煮やした天照大御神は、雉(きじ)の鳴女(なきめ)を遣わせます。ところが天若日子は、よりにもよってその雉を弓で射殺してしまう。鳴女を貫いた矢は天まで飛び戻り――高木神は「邪心あらば、この矢で死ね」と矢を投げ返しました。寝床にいた天若日子は、自分が放った矢で胸を貫かれ絶命。「返し矢恐るべし」の故事の由来です。使者は寝返り、次は射殺。交渉は、なかなか進みません。

建御雷神の登場

ここでついに、切り札が放たれます。剣そのものから生まれた軍神――建御雷神(たけみかづちのかみ)。父・伊邪那岐神(いざなぎのかみ)が火の神を斬った剣の血しぶきから生まれた、武の極致のような神です。お供は航海の神・天鳥船神(あめのとりふねのかみ)

二柱は出雲国の伊耶佐之小浜(いざさのおはま、現・稲佐の浜)に降り立ち、神話屈指の名場面を見せます。建御雷神は十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、波打ち際に切っ先を上にして逆さまに突き立て、剣の先端にあぐらをかいて座ったのです。

大剣の切っ先の上に、平然と座る軍神。これほど雄弁な「力の誇示」もありません。建御雷神は鋭く告げます。「この葦原中国は、わが御子の知(し)らす国である。汝(なんじ)の心はいかに」――。大国主神は即答を避け、「我が子・八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)に問われよ」と答えました。

息子たちの抵抗

天鳥船神が、海で漁をしていた事代主神(ことしろぬしのかみ)を呼び戻します。商売と託宣(たくせん)の神である彼は、あっさり答えました。「畏(かしこ)し、この国は天つ神の御子に奉りましょう」。そして天逆手(あめのさかて)を打ち、乗ってきた船を青柴垣(あおふしがき)へと変化させ、そのなかに身を隠してしまいます。「逆手」は呪術の所作。恭順と引きこもりを同時に示す、神話的な作法でした。事代主神は、現在の美保神社(みほじんじゃ、島根県松江市)に祀(まつ)られています。

けれど、もうひとりの息子は違いました。荒ぶる武の神建御名方神(たけみなかたのかみ)。「こそこそと交渉とは何事か。力比べをしようぞ」――そう叫び、建御雷神の腕をつかみました。

ところが、つかんだ腕がみるみる氷柱(つらら)に変わり、次の瞬間には鋭い剣の刃へと変じます。怖気(おぞけ)づいた建御名方神は、逆に建御雷神に腕をつかまれ、若い葦を抜くように軽々と投げ飛ばされました。日本神話における「相撲(すもう)」の起源とも語られます。

建御名方神は命からがら逃走。科野国(しなののくに)の州羽海(すわのうみ)――長野県・諏訪湖まで追い詰められ、そこでようやく降伏します。「この地から二度と出ません。この国は天つ神の御子に奉ります」。こうして彼は、諏訪大社(すわたいしゃ)の御祭神として、今も信州の地に鎮(しず)まっています。

大国主神の決断

二人の息子からの返事は出そろいました。建御雷神は再び稲佐の浜で、大国主神に最終回答を迫ります。長い沈黙のあと、王はゆっくりと口を開きました。

我が子たちの申すとおり、この葦原中国はことごとく献上いたしましょう」。

ただし、ひとつだけ条件がある、と。それは武力でも、財でもありませんでした。

「私の住まいとして、天つ神の御子の御殿と同じほど、太く深い柱を立て千木(ちぎ)を空に届かせた壮大な宮を造ってほしい。そうすれば、目に見えぬ遠い場所に隠れましょう」。

武器ではなく、神殿。地上の支配権と引き換えに彼が求めたのは、「神として永遠に祀られる場所」でした。これこそが、後の出雲大社(いずもおおやしろ)の起源となる契約――天日隅宮(あめのひすみのみや)の約束です。

出雲大社の創建

天照大御神は、その願いを認めます。出雲大社の公式由緒によれば、高天原の諸神が集まり、宇迦山(うかやま)の麓に「壮大なる宮殿」を造営。これが「天日隅宮」、現在の出雲大社です。

平安時代の教科書『口遊(くちずさみ)』には、大建築のランキング「雲太・和二・京三」が記されます。一位「雲太」が出雲大社、二位は東大寺大仏殿、三位は平安京大極殿。当時、出雲大社は日本一の高層神殿と認識されていたのです。社伝には高さ十六丈(約48m)とあり、長らく伝説扱いされてきました。ところが2000年、境内から直径約3mの三本束ね柱跡が発掘され、大神殿が空想ではなかった可能性を雄弁に語ったのです。

そしてもうひとつ。天照大御神は大国主神に、目に見えない世界(幽世=かくりよ)の主宰を託します。地上の政(まつりごと)は天つ神の御子に、人の幸福を導く「結び(むすび)」の力は大国主神に。彼は「縁結びの神様」として、永遠の役割を授かったのです。

関連神社・伝承地

国譲り神話の舞台は、今も日本各地で生きています。実際に足を運べる場所を、いくつかご紹介します。

  • 出雲大社(いずもおおやしろ):島根県出雲市大社町杵築東195。大国主大神を祀る、縁結びの総本山。公式サイト:https://izumooyashiro.or.jp/
  • 稲佐の浜(いなさのはま):島根県出雲市大社町杵築北。建御雷神が剣を逆さに突き立てた、国譲り交渉の舞台。屏風岩(びょうぶいわ)が残ります。旧暦十月十日には全国の神々を迎える神迎神事(かみむかえしんじ)もここで行われます。
  • 美保神社(みほじんじゃ):島根県松江市美保関町美保関608。事代主神を主祭神とし、えびす様の総本宮。十二月三日の諸手船神事(もろたぶねしんじ)と四月七日の青柴垣神事(あおふしがきしんじ)は、国譲りの場面を今も再現します。公式サイト:http://mihojinja.or.jp/
  • 諏訪大社(すわたいしゃ):長野県諏訪湖を囲む四社(上社本宮・上社前宮・下社秋宮・下社春宮)。建御名方神を祀る、武の神様の聖地。公式サイト:https://suwataisha.or.jp/
  • 鹿島神宮(かしまじんぐう):茨城県鹿嶋市宮中2306-1。国譲りの主役・建御雷神を祀る、東国の総鎮守。公式サイト:https://kashimajingu.jp/

現代の解釈

近代以降、研究者たちはこの神話に、古代日本の政治史の影を見ようとしてきました。有力な解釈のひとつが、「出雲族と天孫族の征服史」。出雲を本拠地とした古代有力勢力が、大和朝廷の前身に屈し、その合併が「平和的な国譲り」として神話化された、というものです。

裏付けは、考古学的証拠の数々。荒神谷遺跡からは358本の銅剣、加茂岩倉遺跡からは39個の銅鐸(どうたく)が発掘されました。出雲が単なる地方ではなく、強大な独自王権だったことを示すものです。それらが歴史の表舞台から消えると入れ替わるように、ヤマト王権が台頭していく――。

大国主神が「目に見える政」を譲り、「目に見えない世界」の主となった神話は、敗者を「神として永遠に祀る」ことで取り込む、古代日本の知恵の物語でもあったのかもしれません。武力で滅ぼさず、神殿を捧げて鎮める。日本という国の根本にある「和解の作法」です。

関連神社|国譲りの神々を祀る・一緒に祀られる神社

国譲り神話には、大国主神・建御雷神・建御名方神・事代主神といった豪華な神々が登場します。それぞれを主祭神として祀る神社、ゆかりの神々と一緒に祀られる神社、静岡県内の関連神社を整理しました。

主祭神として祀る神社

  • 出雲大社(島根県出雲市)|国を譲った大国主大神を主祭神とする縁結びの総本山。公式サイト
  • 鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)|国譲り交渉の主役・武甕槌大神を主祭神とする常陸国一宮。全国の鹿島神社の総本社。公式サイト
  • 香取神宮(千葉県香取市)|武甕槌とともに国譲り交渉に下った経津主大神を主祭神とする下総国一宮。
  • 諏訪大社(長野県諏訪地方)|国譲りに抵抗した建御名方神を主祭神とし、上社(本宮・前宮)下社(秋宮・春宮)の二社四宮で構成される信濃国一宮。

一緒に祀られる関連神社

  • 美保神社(島根県松江市美保関町)|国譲りを承諾した事代主神(恵比寿様)と妻の三穂津姫命を祀る、えびす信仰の総本宮。公式サイト
  • 稲佐の浜(島根県出雲市大社町)|国譲り交渉が行われた神話の現場。旧暦十月十日に全国の神々を迎える「神迎神事」が行われます。
  • 春日大社(奈良県奈良市)|第一殿に武甕槌命、第二殿に経津主命を祀り、国譲りに関わった武神2柱を同時に拝めます。

全国の関連神社(地域別)

国譲り神話ゆかりの神々を祀る代表的な神社を地域別にご紹介します。

関東:鹿島神宮(茨城県鹿嶋市・建御雷神主祭神、国譲り交渉の主役)、香取神宮(千葉県香取市・経津主神主祭神、建御雷と並ぶ武神)、息栖神社(茨城県)

中部:諏訪大社(長野県・建御名方主祭神、国譲りで敗れて諏訪に退いた神)、三嶋大社(静岡県)

近畿:春日大社(奈良県奈良市・建御雷経津主並祭、藤原氏氏神)

中国・四国:出雲大社(島根県出雲市・大国主主祭神)、稲佐の浜(島根県・国譲り交渉の聖地)、美保神社(島根県・事代主主祭神)

まとめ

国譲りは、神話と歴史の間に横たわる、最大の事件でした。寝返る使者、射殺される使者、剣の上の軍神、諏訪まで逃げる王子。そして地上を譲る代わりに「永遠に祀られる神殿」を求めた大国主神。

譲られた側ではなく、譲った側が、いまも日本一の縁結びの神様として愛されている。出雲大社に並ぶ参拝者の長い列を見るたび思うのです――本当にすごいのは、勝った神様ではなく、譲った神様のほうかもしれない、と。

関連記事

  • 大国主神(おおくにぬしのかみ)――譲った神様の人生を、はじまりから。
  • 邇邇芸命(ににぎのみこと)――国譲りのあと、地上へ降りた天孫。
  • 建御雷神(たけみかづちのかみ)――剣の上に座った、武の極致。
  • 出雲大社――譲られた地に建つ、日本最古の神殿物語。

参考

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